この700人の行列、氷河期世代の悲哀を象徴していますが、見過ごしてはならない現実を突きつけています。鈴木孝さんのストーリーは、個人の失敗や努力不足に帰されがちですが、社会構造に起因する問題を見逃してはいけません。派遣切り、倒産、生活保護と、まさに「失われた30年」の産物なのです。彼が置かれた状況は、もはや個人的な選択の問題ではないのです。
政府の支援策がどれだけ実効性を持つのか、野党の主張のどこまでが現実となるのか。このような疑問が残る中、鈴木さんのような人々が本当に安心できる世界が到来するのか疑問です。「できそうでできない」政策が多発する中、その根底にあるのは、社会全体の安心ネットの希薄さに他なりません。
働けるのに機会を得られない。それでも希望を捨てずに生きることが、本当に彼らの「選択」なのでしょうか?数万のSNSフォロワーを持つ私たちには、彼らの声を代弁する責務があるのではないでしょうか?
このような世代の問題とどう向き合うべきでしょうか?自助努力を超えたところで、社会として何ができるのでしょうか?
昔のバブル世代が簡単に就職できたからといって、氷河期世代を努力不足と責めるのは筋違い。社会の仕組みが変わっただけで、個人の能力とは無関係だと思います。
無償の食料配布に並ぶ鈴木さんの行動は理解できますが、それを支援する社会的なセーフティネットの不足が深刻です。生活保護が手厚くするのも一案ですが、もっと広い範囲で問題を捉えるべき。
56歳で再就職が困難であることの現実を無視してはいけない。企業の選ぶ基準が高く、派遣やアルバイトでは安定した生活が送れない現実。政府は即座に悪化を防ぐ方法を講じるべきだと思います。
物価が上がり給料が据え置きのまま、年金も減る見通しでは将来が不安になります。氷河期世代に対して、より効果的な支援策が必要で、第2次ベビーブームの頃から計画しておくべきだったかもしれません。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/32265c7fdf0cd49c7d105e448d42928406734d73,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]