ああ、この新幹線の話、なんだか社会実験を見ているような気分になりますね。結局、他人の善意に甘えて楽をしようとする人たちがますます増えているのではないですか?私たちは、他人のために簡単に席を譲るべきか、それとも自分の権利を主張するべきか、現代の複雑なおもてなし倫理に悩まされています。
でも、今回は考えてみましょう。自分が早めに席を予約して準備しているのに、他人の都合で簡単に譲ってしまうのは、善意の錯覚じゃないでしょうか。 それって、「私は他人のために犠牲になれる心の広い人間です」と自分を納得させているだけの自己満足では?それに、譲られた母親も、席を確保する方法はいくらでもあったはずです。ネット予約、代理購入、他にも方法はあるのに、それを怠ったのなら被害者ぶる資格はないと思います。
最後に私が言いたいのは、**「善意は強制されるものではなく、自発的であるべきだ」ということです。**そして、他人の善意に依存するのではなく、自分の責任で行動することが、結果的に人間関係をスムーズにする秘訣かもしれません。この時代に必要な気遣いとは何か、もう一度考えてみませんか。
ネットからのコメント
1、譲らないで良いかと。
お金払ってその席を押さえているわけで、無料交換する意味もわからない。情けに漬け込んで人の良心をただ乗りするのは、見ている子どもにも良くないです。順番を守ったり、ルールの中で生きているので。希望が叶わなくても、子どものためにどうするか考えて準備するのが親かと…。「座席に何か要望があるなら、乗車券購入時に窓口で相談してください」で良いと思います。
2、鉄道会社の規約に反するし、一般的に人気がないとされる3人がけの中央の席と事前に他人が予約した窓際席との交換を求めるのはちょっと図々しいのでは。子どもと隣同士で座りたくて、席の交換を求めるにしても、母親の隣の通路側の席の人に頼むならまだ分かる、通路側と通路側で条件は同じだから。しかしこの母親は子どもとの同席を理由に言いやすい相手に自分の都合で無償のアップグレードを求めたようなもの。そんな虫のいい話をよく言えるな、と思う。
3、記事を読んだけど、このシチュエーションなら頼む候補は3人居たわけで、この女性じゃなくて母親の隣の通路側の男性に交換を頼んだら、等価交換というか相手もそこまでモヤモヤしなかったかもしれない。母親が相手の気持ちよりも「2人で座りたい」や言いやすい人に頼んだんだなと透けて見えるところが余計モヤモヤする話だと思った。
4、昔、早朝4時台発の初電で地元を出発し、遠く離れたローカル線に乗りに行った。風光明媚な川沿いの風景を堪能するため、ローカル線の始発駅から右側のボックス席を確保。
すると途中の駅から、保育園児と保母さんらしき人達7人ぐらいが乗ってきて、「通路を挟んでボックス2つ使いたいので、向こうの空席に移ってもらえませんか?」と私に頼んできた。指し示された席は進行方向左側だ。私はこの列車を楽しむために早朝から頑張ってきたので譲るのはすごく嫌だったが、コレ断ったら私が悪者みたいになってしまうよね?「子供相手に意地を張ってる」と思われてしまう。仕方なく譲ることにしたが、とてもじゃないけどにこやかに譲ることができず、憮然としながら無言で席を立ったwでも「こうやって頼めば席を移動してもらえる」なんて、子供たちの教育上よろしくないかもなーとも思った。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/7f2f5049d8cd718f5c24dfb70ffa7accf9f9634e,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]