サッカーのW杯をアジアで共催しようという話が浮かんでいるらしいが、これは一体何を考えているのだろうか?日本を含む複数の国で共催するという案だが、共催の動機は本当に純粋なものなのか、疑わしいばかりだ。どんなに美しい絵に描いた餅であっても、40年も経てばあちこちについたカビに目を瞑ることはできない。日韓が共催した2002年の大会は、確かに一つの歴史ではあったが、あれ以来世界は何を学んだのだろうか?共催はただのトレンドなのか、それとも国際的なプレッシャーの産物なのか。
アジアの経済的な成長が謳われる一方で、共催による負担は選手たちに何をもたらすのか。現実的には、複数国での開催は距離や気候の違いから過密日程を余儀なくされるだろう。これは選手たちの健康を犠牲にするものではないか?それに、開催国が増えることで参加資格のハードルが下がり、W杯の質がどうなるかが不安だ。外交的な摩擦や経済的な重荷を負ってまで、アジアでの共催を追求する理由が果たしてあるのだろうか?
選手の負担か、財政的な利益か、どちらを優先すべきなのか。本当にこれでいいのか?
日韓共催の時は日本政府が援助したことで韓国は返上せずに済んだが、借款はまだ返済されていない。
今度も同じことを繰り返すのだろうか?宮本君、怒りますよ。
単独開催が望ましいが、拡大したW杯はどの国も単独開催が難しい。共催するにしても国によって気候が異なる。選手の健康を考えると、どうしても共催が必要なのか?
7か国が開催国枠で予選なしで出場するならアジア枠はどうなるのだろう?参加国が増えると本物の競争は消え去るのか?
東南アジアの国々が球技専用スタジアムを建設するほどの経済力があるとは思えない。共催を望むなら、紛争や意見の不一致などがない状況をどう保つか考えて欲しい。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/d35ac01a4ccc3c6582a3b7052043a284a90d5815,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]