タイトルだけで思わず笑ってしまった。この議論、いったいどれだけの人が「曲がったキュウリ」に心底困ったことがあるのだろうか? **「ケースがいらないんだよ」**とビートたけしさんが言った瞬間、私は「やっぱりこの人、面白すぎる」と思わざるを得なかった。規格に縛られることなく生きてきた彼だからこそ、こんな独自の視点が出てくるのだろう。そもそも、曲がったキュウリが市場に出ないなんて、どれだけ歪んだ現実だろう?
ここで気になるのは、「規格」って一体誰のためのものなのか? 消費者はまっすぐなキュウリを求めているのか、それともそれを押し付けている流通業者がいるだけなのか。もし消費者が求めるのではなく、流通側の問題というなら、これほど無駄なことはない。ビートたけし氏の言う通り、「野菜の形で出しゃいいのに」と思うのは私だけではないはず。
「価値とは規格の中ではなく、自由な視点にこそ宿る。」 野菜も人間関係も同じ。独自の価値、独特の形を追求することで初めて、真の豊かさが見えてくるのではないだろうか。さあ、キュウリだけでなく、私たち自身の「曲がり」をも楽しむ時代になって欲しい。
ネットからのコメント
1、農家です。
野菜の規格はどちらかと言うと農家さんのためにあるんです。なぜかと言いますと、大量に作られている野菜は個数や本数ではなく、キロで取り引きされます。ですから、規格を定めないとただただ重いだけの野菜を大量に出荷する業者が現れ、それこそ品質の良い物を少量作る農家さんが駆逐されてしまうのです。安かろう悪かろう、を防いでいるのです。
2、規格外品は所定の箱に所定の数量が入らないため在庫管理が煩雑になり、しかも1箱当たりの輸送費が高くなる。また農家さんの出荷額が正規品より安くなるため手数が掛かるわりには利益に結び付かない。消費者が高い規格外品でも購入してくれるなら良いですけど、そうはならないでしょう。
3、曲がったキュウリは段ボールの箱に詰めた時に隣のキュウリを傷つける可能性が非常に高く、水分の多い野菜ってそこから痛み出すので、道の駅みたいに農家と販売所の距離が近い場合を除き現実的に考えて輸送に向かないので販売は難しいと思いますよ。
4、家庭で使う程度の量なら、そう思うかも知れないが、輸送や品出しを考えると、ある程度、形状やサイズが揃ってないと扱いにくいんじゃないかな?曲がってようがサイズがバラバラだろうが気にしないとキレイ事を言うけど、実際、そうした野菜が並ぶと敬遠するのでは?例えば「値段が3分の1になって助かるー」ってどれだけの人が思うかな?もっとも、前述の様に、出荷、流通、店頭で手間がかかるからそんなに安くならないし
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/831193318d81add602137884489575b9c9aaf3a3,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]