あの日、灰のかぶった白米を食べた3歳の少女は、80年経ってもまだ「被爆者」であることから解放されていない。その現実に、私はゾッとした。
「被爆者」と聞くと、皮膚のただれや火傷跡を想像する人がほとんどだろう。だが、放射線という“見えない暴力”は、皮膚を焼くよりも残酷に、命と人生を蝕んでいく。
問題は、誰もそれに気づかないふりをしてきたことだ。病弱な身体、相次ぐがん、そして子どもへの影響。「原爆のせいかもしれない」と疑っても、証明されないから、誰も責任を取らない。“科学的証明がない”という言い訳は、加害の免罪符にはならない。
三田村さんの苦しみは、もはや戦争の記憶ではない。それは今この瞬間も続く“現在進行形の核被害”だ。
私たちは一体、いつまで「平和の象徴」として彼らを持ち上げるだけで、実際の問題から目をそらし続けるのだろうか?涙を流して話を聞くだけなら誰でもできる。だが、その痛みを我が事として受け止める覚悟が、今の社会にあるだろうか。
「記憶」は風化する。だが、「無関心」は罪だ。
ネットからのコメント
1、前の戦争で日本が受けた原爆投下や都市への無差別爆撃は、国際法に明白に反する行為であり、ホロコーストと同じく人類史に残る大犯罪だと思います。戦争に勝った国々や一部の指導者は、今もこうした暴力を正当化し続けていますが、それは決して許されるものではありません。日本も民間人として多くの犠牲を払い、その苦しみは今なお語り継がれています。歴史の教訓として、この事実を風化させず、後世にしっかり伝えていくことこそ、真の平和への一歩だと感じます。
2、皆冷たいのですね。『十分長生きしてる』『子供のガンは無関係』と言ってる人が多いけど、何回も大病して常にどこかしら不調抱えて生きるのは、同じ年数生きていても、健康的にハツラツとした日々を送れている人とは充実度が違いますよね。被爆が子孫に与える影響は不確かではあるけども、同時にそれは『無関係』とも言えないと言うことです。自分や兄弟全員ガンを患い、更に甥姪含めその子供までガンで早死にしているとなるといくらガン家系でも確率が高すぎると思います。
3、昔、会社の同僚だった後輩(専門職なので学校の後輩でもあった)。長崎被爆二世。とても綺麗な子で、でも、クールビューティというのかな、人との距離を置くようなタイプのちょっと影のあるような子だった。
同僚や友達と飲みに行ったり遊びに行ったりすることもない。でもかなりの酒好き。一人で飲み歩いているらしい。ある時、会社からほど近い新宿で良く飲みに行く店に行くと彼女が一人で飲んでいた。(結構酔っ払っていた)こちらも一人だったのでカウンターで話す流れに。で、ポツポツ語るのが、自分は被爆二世で、「科学的に二世、三世への影響はない」と言われるが、兄が子どもの頃にガンで死んでいる。周囲の二世、三世で若くしてガンで亡くなる人も多く見た。医学的因果関係無しと言われても、私は早く死ぬんだろうな、結婚もしない、と幼い頃から思って生きてきた。と言う。精神医学的に落とした重石は大きいんだね。
4、日本は復興して、成長して、戦争は過去のことと思ってる人も多い。だけど、まだ苦しみつづけてる人がいるんだもんなぁ。被害の長さ、世代を越えて被害がつづく、という意味でも、本当に原爆は非人道的な兵器だと思います。戦争だったことを加味しても、原爆を落としたことは正解だったという発言に対しては、いまだに被害に苦しみ続けている人たちがいるのだ、という事実はきちんと伝えることはしなくてはいけないと思う。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/f1268990f4792fd050b758f84c9d947c462233a9,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]